12. 10 不斉触媒反応
12. 10. 3 水素化・水素移動反応
プロキラルなオレフィン,ケトンおよびイミンの不斉水素化は,対応する光学活性アルカン,アルコールおよびアミン類を得るもっとも直接的かつ確実な方法の一つである.分子触媒(均一系)を用いる不斉水素化は,1968年にHornerとKnowlesによりはじめて報告された.光学活性メチルフェニルプロピルホスフィンを配位子とするRh錯体を触媒に用いて,α,β-不飽和カルボン酸やα-エチルスチレンを最高15%の光学収率で還元した.1971年にKaganはDIOPを配位子に用いてエナミドを水素化し,フェニルアラニン誘導体を72%の鏡像体過剰率で得ることに成功した.この発見が契機となり,さまざまなC2対称性ジホスフィン配位子が合成されるようになった.Knowlesはこの反応をさらに展開し,DIPAMP-Rh錯体触媒を用いてパーキンソン病治療薬L-DOPAの工業的合成を実現した.不斉分子触媒反応が工業プロセスに採用された最初の例である.
光学活性Rh錯体触媒を用いる不斉水素化には基質汎用性に欠ける難点があったが,この問題は1986年に発表された野依のBINAP-Ru錯体触媒により大きく改善された.エナミド基質だけでなく,不飽和カルボン酸やアリルアルコールなどのオレフィン基質,さらにβ-ケトエステルをはじめとする官能基化されたケトンの高エナンチオ選択的水素化を実現した.生成物の鏡像体過剰率は最高100%に達した.1995年にはBINAPと光学活性1,2-ジアミンをともに配位子とするRu錯体触媒により,官能基をもたないケトンの高速かつ高エナンチオ選択的水素化に成功した.触媒回転数は240万回に達した.さらに2011年には,ジアミン配位子のベンゼン環とRuが共有結合した錯体を用いてTOF = 35000 min-1という超高速のケトンの不斉水素化が達成された.BINAP-Ru錯体触媒を用いる不斉水素化は生産性にも優れ,さまざまな医薬,農薬,香料などの有用物質の工業的合成に用いられている.
イミンの不斉水素化はオレフィンやケトンの反応に比べて開拓が遅れていたが,近年優れた触媒系が報告されてきている.光学活性チタノセン触媒により,環状イミン基質の水素化できわめて高い光学収率が達成された.また,XYLIPHOS-Ir錯体触媒は,1-メトキシ-2-プロパノンから誘導されたイミンの水素化で100万回の触媒回転数を達成した.この反応は除草剤の工業生産に役立っている,世界最大級の触媒的不斉合成プロセスである.ホスフィン/オキサゾリン-Ir錯体やホスフィン/ジアミン-Ru錯体を用いて,100%に近い光学収率でのイミンの不斉水素化が実現されている.
近年の進歩が著しい分野として複素芳香族化合物の不斉水素化があり,さまざまな含ヘテロ環状化合物の光学活性体を入手する方法として利用されている.
1993年にEvansによって報告された光学活性Sm錯体と1995年に野依の発表したTsDPEN-Ruアレーン錯体触媒により,2-プロパノールを水素源とするケトンの高エナンチオ選択的水素移動型還元反応が実現した.95%を超える光学収率が達成された.TsDPEN-Ruアレーン錯体触媒はギ酸を水素源とする反応にも有効である.この反応は基質汎用性に優れ,イミン類の高エナンチオ選択的還元にも成功した.
表12.10-17~12.10-22の反応に用いられる触媒および配位子を図12.10-3に示す.
図12.10-3 水素化・水素移動反応に用いられている触媒および配位子
参考文献
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